資本性ローンというものを利用してみました
株式会社トレタでは、すでに設立直後に1億円をフェムトグロースキャピタルさんおよびフェムト・スタートアップから調達しているのですが、事業計画上は来年夏頃に手元キャッシュがタイトになることが見込まれていること、そして営業的な要請から開発を前倒ししたい状況になったことなどを踏まえ、追加で資金を確保することになりました。
当初はいくつかのVCさんにも相談をしていて、投資に前向きな反応もいただけたりしていたのですが、サービス立ち上げ時点ではまだバリュエーションもあまり高くなるはずもなく、結果的に多めの株式シェアを覚悟しなければならなくなることを考えて、別の方法を選択しました。
借り入れです。
★★★
なんとなくスタートアップでは、エクイティで調達する方がデットよりも優れている的な認識があるように思えるのですが、いやいや、僕なりに経験したり見聞きした限りでは、必ずしもそんなことはないと思っています。
資本と借り入れでは、それぞれの調達コストがどういう形で発生し、どういうメリットとデメリットがあるかを客観的に判断して、ベターな方を選択した方が良いと思うのです。特に、借り入れなら返せばいいわけですけども、資本の場合は後戻りできません。お金を返すので株式を買い取らせてください、と言ってもそれはほぼ不可能です。第三者割当でがんがん資金を調達したはいいけれど、なんでこうなった!こんなはずじゃなかったのに!みたいなことにならないためにも、借り入れも一つの選択肢として常に頭の片隅にでも置いておいた方が良いのではないかと感じています。
ということで、トレタの大株主、フェムトの磯崎さんとも相談した結果、日本政策金融公庫の「資本性ローン」なるものを利用することにしました。磯崎さんはその著書
- 作者: 磯崎哲也
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からもわかるように、一貫して「ベンチャーは融資ではなく資本で資金調達すべき」と説いている方で、僕もそれに全面的に賛成な訳ですけれど、でも今回はその前提を踏まえて考えても、デメリットよりメリットが大きいと判断しました。
この資本性ローン、僕も実は最近まで全く存在を知らず、磯崎さんから教えてもらって初めて知ったのですけれど、以下のような特徴があります。
- 無担保無保証人で借りられること
- 借り入れでなく資本として見なされること
- 借入期間は金利のみの返済で、金利は毎年の会社の業績によって三段階で変動すること
簡単にそれぞれ説明してみましょう。
◆無担保無保証人で借りられること
スタートアップでは「可能な限り借り入れを避けて、できるだけ資本として資金を集めた方が良い」という話になりやすいのは、まさに「代表者の連帯保証」にあるのではないでしょうか。僕も会社の代表者の一人として、やはり融資に個人保証を付けるのは「きつい」と思うことが少なくありません。飲食店のような堅い日銭商売ですらそうなのですから、スタートアップのようなリスクの大きい事業に挑戦する場合はなおさらです。そしてその個人保証の存在によって、攻めるところが攻めきれなくなったりしては本末転倒。だからこそ、ベンチャーはできる限り融資に頼るなという話になるわけですね。
僕の経験で言えば、一般的な融資では、無担保はともかく無保証人で借りられることは滅多にありません。もちろん、都や国の特別な制度融資を利用すると無保証人で融資を受けられることもありますが、まあネット系のスタートアップではレアでしょう。
しかし、この資本性ローンだったら担保も保証人も不要です。しかも、万が一会社が倒産したときには、他の借り入れに劣後するという条件になっています。これならば、融資を受けても「攻める」姿勢を保てるというものです。魅力的ですよね。
◆借り入れでなく資本として見なされること
この制度では、融資実行の際に「資本性ローンである」ことの証明書が発行されます。そこには、金融検査マニュアル上資本と見なせる条件を満たしていることが明記されています。つまり、この融資は「負債」でなく「資本」として見なされるので、今後また新たに金融機関から借り入れをしたいとなったときに、非常に有利になる可能性があるというわけです。
「資本性ローン」と謳っているくらいですからこれが目玉の制度ではあるのですが、ただ、実際のところ、ウチのようなスタートアップではこの点はあまり意味が無いかもしれません。というのは、スタートアップが大きな資金を調達して攻めようとするときは、「まだ全然信用がない」ステージであることが大半だからです。負債だろうが資本だろうが、それ以前の問題として銀行からは融資を受けられない可能性が高いでしょう。結局のところ、スタートアップの資金調達はVCさんから、というのが王道であることは間違いありません。
ちなみに、借入期間は7年以上なのですが、残存期間が5年を切ると、毎年20%ずつ「負債」として見なされる割合が上がっていきます。残存期間が2年未満になると、80%が負債として、20%が資本として分類されることになります。
◆金利が会社の業績と連動すること
これもなかなかユニークな仕組みだと思います。というか、この点こそが、ウチの会社にとっては最も魅力的でした。
借入期間は、基本的に元本の返済はなく、金利だけを毎年支払っていくことになりますが、その金利は、会社の償却前利益に応じて決定される仕組みとなっているのです。
その金利には三段階あって
となっています。つまり、利益が出ているとかなり高めの金利を支払うことになるのですが、逆に赤字の場合はほとんど金利を支払う必要はないということになります。
これも、会社経営上、特にスタートアップの特性を考えると納得性が高いのではないでしょうか。
事業の立ち上げ期は赤字になる可能性が高いわけで、つまり事業が軌道に乗るまではほとんど金利負担が発生しないことになります。限りなくゼロに近いコストで借り入れができるのですね。逆に、(売上や利益の絶対額にもよりますが)きちんと利益が出始めたなら年8.55%の金利くらいは無理なく払えるでしょう。2,000万円の融資だったら、年171万円の返済です。
★★★
以上、簡単に特徴をご紹介しましたが、この融資であれば、少なくとも現在のステージでは第三者割当よりも調達コストはかなり低く押さえられるのではないかと思いました。
もちろん、この判断はビジネスモデルや会社のステージによっても変わるでしょう。まだマネタイズが見えていないサービスや、将来の売上が読みづらいモデルでは、そうはいっても融資にはそれなりのリスクがあるのも事実です。
実際、今回の融資を受けるにあたっての審査でも、トレタの事業モデルやマーケット規模、営業状況、将来の収益見通しなどについて、かなり突っ込んだ質問を受けたのが印象的でした。過去、飲食店出店のために融資を受けた際の審査では、なかなかそこまでの質問はなかったと記憶しています。
もちろん、とはいえ融資と投資では見るところが全く違います。「すごく儲かっているバラ色の計画は不要です。それより、下振れ中の下振れを想定して、それでもきちんと返済できると確信を持てるような計画になっていますか?」という点が最重要視されるのは、一般的な融資と変わらないのですけれど。
トレタは月額課金モデルなので着実に売上が積み上がっていくこと。そして解決する課題がはっきりしている法人向けサービスであり、それに対して一定のニーズが存在することが明確という特徴があるので、この手の融資とは相性が良かったというのは事実だと思います。
そういうわけで、サービスローンチ直後の資金ニーズは融資で乗り切り、サービスが軌道に乗って「攻め」が必要となったタイミングで改めて高めのバリュエーションで第三者割当、というやり方で、今回は進めてみたいと思ったのでした。
実際、すでに融資は実行されて口座にも着金しているのですが、VCさんから資金調達するのと比べると、提出書類の量にしても僕自身の手間にしても、融資の方が圧倒的に負担が軽かったわけでして、サービス立ち上げ時に事業に専念しやすいという点でも、融資には融資の魅力があるよなあと思った次第です。(つまりはこういうことも調達コストの一部なんですよね)
そういうわけで、事業モデル的に融資と相性がいいかも?と思った方は、とりあえず調べてみるくらいの価値はあるかもしれません、ということで。