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【書評】「HARD THINGS」は経営者への救いだ

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断言する。
これは僕にとって、過去10年で最高の一冊だ。
僕は常に手元に置いて、4半期ごとに読み返したいと思う。読み返すたびに前に進む力をもらえるだろうし、必ず新しい発見があるはずだ。そういう確信がある。
すでに会社を経営されている方はもちろん、これから経営者を目指す方にも是非手にとってもらって、読んでみてもらいたいと思う。
 
この本はある種の「救い」だ。企業を経営する全ての経営者への「救い」だと思う。
僕自身の拙い経験だけを照らしても、経営者はみな孤独で、眠れない日々を過ごしている。そしてそれは誰にも理解してもらえないのだと思っている。弱音を吐ける相手を持っている人なんて滅多にいない。うまくいかないことがあったら、それは全て自分で受け止めて何とかしていかなきゃいけない。誰かのせいになんてできないし、逃げるという選択肢そのものが存在しない。周りの経営者はみんな絶好調で上手くいっているように見えるのに、それに引き替え自分はなんでこんなことになっているんだろう、と焦って自信をなくすことだってしょっちゅうだ。
この本は、そういう苦しみを一人で抱えて仕事をしている全ての経営者に「そうやって苦しんでいるのはお前だけじゃないよ」と語りかけ、「誰だってそうやってもがいているんだよ」ということを教えてくれる。悩んで自信を失いかけて弱気になっているのは、お前が弱いからでも能力がないからでもないよ、と。誰もがそうやって人知れず戦っているんだよ、と。それを知ることそのものが、僕らにとっての救いなのだ。
そして、この本はそれだけでは終わらない。そういう苦しみとどう向き合い、どう乗り越えていったらよいかの知恵を与えてくれるのだ。
 
これは経験した人にしか分からない。だからこそ、これは定期的に読み返すべきなのだ。今読んでもピンとこないことでも、経営者を続けていれば、それが分かる日は絶対に来る。そして、新しい問題に直面して悩んでいるときにこの本を読み返せば、その悩みを乗り越える知恵と勇気が必ず見つかるのではないかと思う。
 
この本には、経営していく上での具体的なヒントが山ほど詰まっている。採用の仕方、企業文化の作り方から解雇や売却に至るまで、経験に基づいた説得力のあるアドバイスがこれでもかと詰め込まれている。1ページ1ページごとに新しい学びがある。
実際読んでいると、ハッとさせられることが実に多い。まさに自ら苦しみながら経営してきた人にしか語れない言葉があり、今まさに同じ悩みを抱えている人にとっては、驚くほど刺さるアドバイスにあふれている。
 
その一例を引用してみる。
 

職場でヨガができたりするのは企業文化ではない
今日のスタートアップは、ありとあらゆる方法でライバルと差別化を図らねばならない。その中には素晴らしい特長もあれば奇抜な思いつきもあるが、それらの大部分は企業文化を形作るのには役に立たない。
休憩時間にヨガができる設備があれば、ヨガの好きな社員は喜ぶだろう。ヨガの好きな社員同士の連帯感を高める効果もあるかもしれない。しかし、そういうものは文化ではない。こういうものは長期にわたって会社のビジネスをコアとなって支えるような価値を生み出しはしない。会社が実現しようとしている価値に直接の関連を持たないからだ。ヨガができることは文化ではない。福利厚生の一環だ。

 

組織のデザイン
組織デザインで第一に覚えておくべきルールは、すべての組織デザインは悪いということだ。
あらゆる組織デザインは、会社のある部分のコミュニケーションを犠牲にすることによって、他部分のコミュニケーションを改善する。
(中略)
どんな組織化も必要悪であるから、悪が最小であるような選択肢を探す必要がある。この場合、組織デザインを社内コミュニケーションのアーキテクチャとして考えるとよい。特定の社員間のコミュニケーションをスムーズにしたいと思えば、彼らを一人のマネジャーのしたに所属させるのが、一番間違いない方法だ。逆に組織図ではなれば位置にあればあるほど、そこに所属する社員間のコミュニケーションは疎遠になりがちだ。

 
このような感じで、読み進めるごとに盲目的に思い込んでいた「こうあるべき」という根拠のない「常識」が一つ一つ覆されて、目の前がクリアになっていく感覚を味わうことになる。
 
しかし個別の具体的なアドバイスより何より、この本でホロウィッツが一番言いたいことは「成功するために一番大事なのは意思の力だ」というメッセージなのではないかと思う。
成功するために必要なことは成功するまでやめないことだ、というのはよく言われることだが、そんな手垢の付いた言葉と違って自ら実践してきた彼の言葉には強い共感を感じるし、そこから僕らは大きな勇気をもらうことができる。
 

私が経験から学んだCEOとして最も困難なスキルは、自分の心理のコントロールだった。組織のデザイン、業務プロセスのデザイン、業務の計量化、採用と解雇などは、自分の心のコントールに比べれば、比較的シンプルな課題と言える。私は自分が心理的にタフだと思っていたが、実際に経験してみると、とてもタフどころではなかった。私はとんでもなくソフトだった。私は長年の間に何百人ものCEOと話す機会があったが、みな口を揃えて同じ気持ちを味わったという。

 

CEOには「もうこんな仕事は投げ出したい」と思う瞬間が繰り返し訪れるものだ。実際、私は多くのCEOがこの圧力に負けて酒浸りになったり、辞めていったりするのを見てきた。どの場合にも彼らは怖じ気づいたり、投げ出したりすることを合理化するもっともな理由を挙げた。しかし、もちろんそれでは優れたCEOにはなれない。優れたCEOは苦痛に耐えねばならない。眠れない夜や冷や汗 — 私の友達のアルフレッド・チュアンはこれを「拷問」と呼んだ。私は成功したCEOに出会うたびに「どうやって成功したのか?」と尋ねてきた。凡庸なCEOは、優れた戦略的着眼やビジネスセンスなど、自己満足的な理由を挙げた。しかし偉大なCEOたちの答えは驚くほど似通っていた。彼らは異口同音に「私は投げ出さなかった」と答えた。

 
泣ける。「この人は僕らの苦しみを理解してくれているんだ」と。
そして自分の苦しみは無意味じゃないのかもと思えるのだ。この先に光があるのかもと思えるのだ。
 
この本で、僕らは滅多に目にすることのできない、とある成功した経営者の本音の塊に触れることができる。この本音の塊は、そこらのメンターよりもずっと力をくれる。ゆっくりでもいいから、悩んでもいいから、おそるおそるでもいいから、足は常に前に踏み出すべきなんだと思わせてくれる。
だから、今から起業しようとしている人も、そしてすでに起業している人も、全ての人に読んでもらいたいと思う。
 
僕はいま、今までの人生の中で一番眠れない日々を過ごしている。眠っているときには仕事の夢しか見られなくなってしまった。こういうときに、この本を送っていただいた日経BPの中川さんに心から感謝したい。(もちろんKindle版も買います)
 
さ、明日からまたがんばろっと。


HARD THINGS

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HARD THINGS 答えがない難問と困難にきみはどう立ち向かうか

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